芸事の免状は、自分の中の区切りの役割

お稽古ごとをやっています。
お琴と三味線です。
これまで、免状を持ってる人がうまいわけでもないんだから
わざわざお金を出して免状をもらう意味、まったくわからん。
と、思ってぜーんぜん免状もらっていませんでした。

そういう気持ちは今も変わらないのですが、
試験を受けて免状をもらいました。
なぜもらうことにしたのか?
ここに書くとで自分なりに整理してみると、

* 教えてくださっている先生への感謝を形にする。
* 試験を受けることで練習期間も含めプレッシャーの中で弾く経験をする。
* 「またがんばろう」と思い、練習に区切りをつける。

ということかなー。

とくに先生への感謝、っていう側面が大きいことに
もらってみて思いました。
はずかしいことに、これまでそこに心が及んでいませんでした。

好きで続けているお稽古ごとなだけに、
なんとなくやめないけど、緊張感なくダラダラとやってる、
っていう状態になっちゃいます。

試験を受けてみて、免状に意味がないわけじゃないな、と
感じることができました。
遅いけどやっと・・
「皆さま、ありがとうございます。」
とまわりの人に感謝する気持ちっていうのも改めて感じました。

帰宅後の自撮り記念写真(苦笑)
20170321

身内に京都のおみやげでもらった帯留めを記念にしていきました。

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調味料「かえし」作り、リピートせずにいられません

『おつまみ一行レシピ』で知って作ってみた調味料「かえし」。
簡単で便利で美味しくて、
リピートせずにいられません。
前のがなくなってきたので、
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きょうも作りました。
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今のところ、500mlのしょうゆを買ってきて、
全部をかえしにして保存するという方式にしています。
みりんは三河みりん。
調味料がおいしいとお料理に自信がなくても
おいしいおかずができる気が・・します!

お料理するときに
砂糖・みりん・しょうゆを加えるのとおんなじかと思うと
そうではない、っていう実感がします。
「味が練れている」と、
『おつまみ一行レシピ』の著者やまはたのりこさんが書いていますけど、
ほんとにそんな感じです。
ほうれんそうや小松菜やブロッコリーやアスパラに
ドレッシング感覚でも使えますし、おいしくてなにかと便利です。
作り方も分量もとてもシンプルですし、、
(しょうゆ500mlなら、砂糖・みりん各100ccで、
砂糖・みりんを混ぜて沸騰させ
しょうゆを加えて白い膜が覆い始めたら火をとめてさます)

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あまりにも長ーいけど、ど迫力と人生がある

『モンテ・クリスト伯』は、『巌窟王』なんです。
昭和中期に生まれ育った我々は、むしろ『巌窟王』で読んだと思います。

現在児童書では上巻下巻に分かれて読めるようになっていますが、
それでも中盤、かな~り冗長に感じます。
ところが解説を読んでみると、これでも「大幅に削った」というのです。
なぜそれほど長いのかという理由を知って、納得しました。
新聞連載小説で、当時(1844年から連載)大人気だっととのこと。
それゆえ、読者サービスで
あれもこれもと寄り道したりエピソードを加えたりしていたのではないでしょうか。
連載当時は、多くの読者がまだなまなましく覚えていることだった
という事実も興味深いです。

だから、現代の読者であるわたしたちは、
中盤のエピソードをいちいち理解に努めて細かく読む必要は
ないのかもしれません・・
実際、そうじゃないと途中で読むのをやめる人が続出するんじゃないかな?

モンテ・クリスト伯になった船乗りエドモン・ダンテスが、
根拠のない密告のために
14年ものあいだ閉じ込められていたイフのシャトーは、
彼が脱出してから何年か後には
観光の対象となっていました。
管理人が「ここに生身の人間を閉じ込めていたなんて信じられない」と
言うくらいひどい穴蔵なのです。

ダンテスが脱出したその経緯と方法が、この長い物語の中でも
一番ドキドキするところです。
「うわーー、これはーー」と、言葉を失うくらい暗く残酷な場面。
そうやって脱出できたことが、復讐劇の始まりです。

後日、観光客として訪れたモンテ・クリスト伯が、
自分が監禁されていた岩窟や
秘密裏に掘った抜け穴を見る場面も感動的です。
岩窟で死んだ仲間の神父が遺した巻物を手に入れるところも
忘れられません。

復讐の物語と言うしかないのですが、
その始まりがあまりにも小さな密告の手紙であり、
ここまで大きくなるか・・
という感を免れないのですが、
時代背景(ナポレオンの賛成派と反対派が密告しあいせめぎ合う)と、
父を餓死させられた、という思いも加わっているから
と解釈もできます。
密告した人々や、裁判に関わった判事たちが
その後あまりにも、のうのうとした生活をしているところが
許しがたいと感じさせられます。

復讐のために生きる人生というのは、幸福であるはずがなく、
モンテ・クリスト伯も、あるとき、
復讐の範囲を超えて人を殺したことを意識します。
そうして、どうしたか・・?

うまくいかないことがたくさん、
むしろそればかり・・な人生にも、
その向こうによろこびはある。
毎日修行を続ける。負けない。

不幸を味わった者だけがよろこびを味わうことができる。
待て、そして希望せよ。

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「ゆかしいもの」入れ

向田邦子さんが、「『う』のひきだし」
っていうのを作っていたと読んだことがあります。

これです↓
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うまいものの情報をビリっと破って引き出しにいれておいて
ここぞというときに人に贈ったり、
ふと食べたくなったときに取り寄せて味わう、っていうもの。

で、整理がへたで、紙ものが好きなわたしも、
これのイメージで、
「ゆかしいもの」を入れるひきだしを設けました。

これです↓
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古い小引き出しをそれ用にしたというわけです。

ちらしや雑誌の中の絵や写真で、好きなものを
切ったり破ったりしてとっておくのですが、
整理しないであちこちにはさんだり散らばらせておいたりして
結局ぐちゃぐちゃになって捨ててしまったり、が多いんですよね。
そうならずに、きれいな絵や写真をとっておいて
使ったり見たりするように。

自分が「ゆかしい」と思う絵や写真が集まっているひきだしが
育っていくのは、楽しみです。

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ばらばらだったものがつながってくる

自分がその時その時に好きだと思って
買ったものや習ったことが、
生きてるうちに少~しずつ
体や心や家の中に、蓄積・沈殿してくる。

そうしてあるとき、その中のどれかとどれかが
ひょんなことからつながってくる。
永年、人間をやってると、そういうことにぶつかることがありますね~

最近そういうことがあってちょっとうれしかったので書きます。
今回の場合は、義太夫とお習字。(書道と言うのはおこがましいんで・・笑)
義太夫では、本を自分で書き写して使うようです。
で、それをやってみようと思ったとき、
「そういえばずーっと前、骨董市で
硯箱買ってたな・・」
と、思い出し、ひっぱりだしてきました。

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ただもう、籬の菊が好きだから、ということで
買ったものです。
毛筆で書く習慣もなく、
数回なにかで使ったけど、大概は箪笥にしまっていたわけで・・
このたびまた、活かせることになりました。

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女性持ちらしい造りになってまして、
日常使いながら、今となってはなかなかゆかしいものです。
ほこりがじゅうぶん(?)たまってるのをきれいに拭いて、使用再開です。

本にも「積ん読」があって、悪くないことですけど、
古道具にも死蔵していたものを、使い始められる場合が訪れます。
こうして、人と生活をともにできるというのは
物にとっても、良きことだと思います。

書道の紙も出そうと、こちらも箱を開けたら、
その昔の遺物も出てきました。
懐かしいです・・IMG_0991

台所の壁に貼ってみた!

好きなことが、自分の中でつながって何か化学変化を起こして
これからに活かしていけたら幸せだな、と思います。
無駄だと思っていたことも、必ずしもむだではない、
いつか何かと重なっていくのかもしれない、っていう気もします。

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