人とのつながりが喜びをつれてくる

敗戦がわかって
旧満州の奉天で、安全な場所をさがして逃げる途中、
父と同じ会社で働いていた中国人、徐集川(じょしゅうせん)さんに
ばったり会い
物置の屋根うら部屋に住まわせてもらった。

この偶然がなければ、
ちばてつやさんが漫画家になることはなかったかも、と言う。

徐さんだってもし日本人をかくまっていることがわかれば
大変なことになるわけで、
命がけとさえ言える。
それでも、仲良くしていた日本人の家族をなんとか
逃してやりたいと、屋根うら部屋においてくれたわけです。

「日本人」とか「中国人」とか
一般名詞として全体を考えるだけだと反感を持つかもしれなくても
「ちばさん」「徐さん」という
知っているその人、となると、べつの感情がわいてきます。

ちばてつやさんは漫画家として有名な人ですが、
有名になるまでの、また、有名になってからのも、
いろんな失敗や苦い思い出や悔しい思い出も書かれていて、
そこがいいです。

冷たい人、騙すようなことをする人もいる。
いっぽうで、
連載が2つ重なって、一つを途中で人にまかせてしまったとき、
最終回にちばさんの名前も入れて
「あつくおれいをもうしましょう」と書いてくれた編集者の人の気持ちに
涙が出た、、という話がある。

そういう人のおかげで、漫画家ちばてつやさんがあるんだな、と。
有名な人でなく、わたしたちの人生のまわりにも、
いろんな人が現れては消えていく。

いやなことも多いけど、
喜びをもってきてくれるのはやはり、
人とのつながりなのかもしれないな。


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日本の怪談はどの国のより群を抜いて怖い

古典をわかりやすく現代語にした本だろうなー
と思って読み始めると、
登場してくるのは、ファミレスでドリンクバーの
カルピスとメロンソーダを飲んでいる高校生男子。
次のコミケに出すもののアイデアがなく悶々としている。

それと日本の古典の真景累ケ淵とが
どうかかわってくるのか?
とにかくすでに24ページには、ページいっぱいに、
殺された按摩の宅悦が
恨めしそうにこっちをにらんでいる挿絵がはいっている。

いつもは訳者としておなじみの金原瑞人さんが、
昔から好きだという怪談話を
軽快に書き直してみせてくれているので、
「へーー、こういう話だったんだ~」と
どろどろした話なのに、
妙にすっきりとした気分になれます。

金原さんによると、日本の怪談は
どこの国とくらべても群を抜いて怖いようです。
その源流がこの累ケ淵をつくった三遊亭圓朝というわけです。

どうしようもない飲んだくれ男がおかす罪から始まる
長くおどろおどろしい悲劇でありながら、
細部を見てみると喜劇でさえある。
その、一見して矛盾しているけど
「そうかもしれねえなー」となぜか納得できる話の運びです。
人生そんなもんかもしれねえ、などと
したり顔をするつもりじゃないけど
悲劇と喜劇は背中合わせだって、思うことありますよね。

ストーリーで楽しむ日本の古典シリーズの20番目です。

ファミレスドリンクバー入り浸りの高校生3人(最初にいた1人に2人が加わり)は、
8月のコミケが終わって、
なっちゃんオレンジ・CCレモン・さわやか白ぶどうで乾杯している。
売れた冊数からして
「時給10円を切るな」という結果だったにもかかわらず
なんかおもしろかった、と言いながら。

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「義太夫を聴こう」と呼びかけるのはなぜ?

橋本治さんの小説の書き方は義太夫?
・・・まさにそうだと、ご本人が答えています。
それがどういう意味かはひと言では説明できませんが、
「ここでテーンと一拍はいる」とか考えて書くことはあるそうです。

義太夫を聞いたことがない日本人は今や多いでしょう。
けど、義太夫は橋本さんが小説を書く方法に影響を与えるほどに
わたしたちの生活のいろんなことに投影できるものです。
いい物は普遍的だ、ということでしょう。

一度も義太夫を聞かずに日本人やってんんじゃない!
なんて乱暴なことは言いたくはありませんが、
義太夫を好きなほうの人間は、
多少暴言ぎみと知りつつ、一人でも多くの人を聞きに行かせたい。

で、今はインターネット上でも義太夫を聴くチャンスがたくさんあります。
どれでもいいんです。
てきとうに選んで。
そうは言っても皆目選べん、という向きには、
メロディーがあって歌のようで聞きやすい
「道行き」がおすすめ。
美しくどこか哀しいメロディー、三味線の迫力、太夫さんたちの美声、
それらを一気に身に浴びると、
日本に生まれて良かった、なんて感じると思います。

それから、特徴は不幸なストーリー満載なこと。
「不幸」と言うと特別なことのようだけど、
わたしたちの毎日だって、
思い通りにならないことの連続です。
希望がかなえられない、
自分の才能のなさにいやになる、
手に入れたいものは手にはいらない。

「不幸」って人生にたった1回という大きなものばかりではなく、
だれもが心に悩みを、入れ替わり立ち替わり抱えているもの。
義太夫のストーリーにある「不幸」は、言わば
毎日なんとかがんばって生きているわたしたちと
重なるお話ばかりなんだな。
義太夫の登場人物たちを見ていると
隣りの人の苦しみもわかろうというもの。

となると、義太夫に臨んでは、
どんなお話かを、理解するのもいいけど、
道行きならなおさら、理解よりは
肌呼吸で行きましょう。
肌から義太夫を吸い込むのです!

「義太夫を聴こう」というタイトルは、
筆者の橋本さんがあるとき「とんでもなく特殊な理由で」
「今は義太夫を聴いている余裕なんかない」
と思っていたエピソードから来ているのではないでしょうか。
そういうときがあった自分だけど、
本来義太夫を流しっぱなしにして仕事をするくらい義太夫愛に満ち満ちているし
古典に接点を持たないなんてもったいないよ、聴こうよ、
っていう気持ちからかな、と勝手に想像しています。

対談に登場して表紙にもなっている鶴澤寛也さん、
じょぎのクールビューティーと紹介されているのを読んだことありますが、
ほんとうに女性も憧れるかっこよさです。

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「負けない力」って、何に負けない力?

途中ちょっと、ぐるぐる・どうどう、
理屈こねすぎ~
と感じる部分もあるけど、
生きるのに大切なことが随所に散りばめられている本だと思います。

「知性がある」「頭がいい」「勉強ができる」
この3つを同じと思う向きも多いですが、
ほんとうは違うよね。

理屈では違うってわかってはいても、
実生活の中では、
「切れ者ふうの人」「弁の立つ人」「自己主張の強い人」
に主導権をとらせることが多いんじゃないでしょうか。
それで助かる面があるのは事実だし・・

学校で学んだり、本を読んだり、いろんな方法をとおして
知識を得ることは必要で重要なことです。
でも、目的ではない。
目的は?
知識を得てどうするか、です。
得た知識によってオリジナリティを高めることが
本当に必要なことです。

今はネット検索でかんたんに「答え」を見つけることができるけど、
コンピュータは「問題」は発見してくれない。
危機を察知する力は自己保存の本能がある生き物にしかないから。
検索で答えを見つけてコピペして、
その答えをどう活かすか、を考えないなら人間と言えない。

もともと人類が知能を発達させるようになったのは、
生きるために不安があったからだろう、と筆者は書いています。
「このままじゃやばいぞ、なんとかしなくちゃ」
って感じたからだと。
「このままじゃやばいぞ、なんとかしなくちゃ」
って、今のわたしたちも、よくそう思うことじゃないでしょうか。
少なくともわたしはそうなんです・・(笑)
よくつぶやいてます・・

知性って、
生活の中で何かに負けそうになったとき、
自分の頭で考えて助かる道を見つけ出す力かも。

成功したいなら、ときどきは失敗しないとだめ!
成功と失敗を繰り返してこそなんとかなる、っていうのも、
改めて言われると安心しますわ~

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マルセイユ石鹸づくりリピートしました

去年の11月に初めてマルセイユ石鹸を作ってみて
案外かんたんにできたし、使い心地もいいので、
2回目つくりました。
これが石鹸づくりセット・・
IMG_1066

前回は温度計が1本しかないまま作ったのですが、
これから繰り返し作ることを考えて、もう1本購入しました。

↓苛性ソーダ+精製水の温度を測っているところ。
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↓オイルミックスを湯煎して温度を測っているところ。
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これは混ぜ合わせた石鹸液を休ませて固めているところ。
まだゆるいです。
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このあと香り付けをして
型に流し込みました。

苛性ソーダは購入するときに
劇物購入として名前を書いたりする必要があります。

IMG_1067

わたしが使っていて手軽なのはこういうオイルミックスですが↓

>>マルセイユ石鹸オイルミックス(ご参考)

自分でいろんなオイルを混ぜるのが醍醐味、っていう
人も多いですよね。
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