菊池寛の仕事〜自分に課された使命は・・

井上ひさしさんの講演記録で、
『菊池寛の仕事』
というのを読みました。
高松市で行われたものです。

その中に、「小説家の仕事」というくだりがあります。
菊池寛は
作家が発見しないと永久に知られずに終わる出来事
というものがあると考えていたと言います。
そこに、それは太宰治が紹介した魯迅の話が紹介されています。

吹雪の夜に凶暴な殺人犯が脱獄します。
寒い森の中に逃げ込んで、
どこかに食べ物がないか、金がないかと探してさまよううちに、
木こり小屋を見つける。

中にいる人間を皆殺しにしても金品をとろうと思って
窓から中をのぞき込む。
するとそこには、
貧しいけれども楽しそうにごはんを食べる
父と母と娘の姿が見える。

その時、脱獄囚は心のどこかで

「なんて幸せなんだ、
自分にこの幸せを壊す権利があるのか」

と思う。

あくる朝、森の奥で脱獄囚の凍死体が発見される。
押し込もうと思ったときに
小さな幸せが輝いているのを見た。
その幸せを壊すことはできずに
どこか別のところを探そうとしているうちに
彼は吹雪の中で凍死した・・

これは作家が書かなければ永久に忘れられた小さな出来事です。

作家は小さな宝石のようなすばらしいことが
人間の世界にたくさん起きていることを発見する、
あるいは自分で創作することが仕事なんだ、というわけです。

菊池寛の作り出した「テーマ小説」がそれなんだというのです。
人間の持っているいろんな一面を読者に見せてくれる物語を
菊池寛はたくさん作っています。

菊池寛が作った話は
外国の大衆小説を翻案したものもたくさんあります。
一例があります。

新聞配達をしてお母さんを助けている少年がいます。
少年のお父さんは亡くなっていて
お母さんは病気です。

ある日、配達中に大金が詰まっている重い財布を拾う。
一瞬、少年は
「これをネコババすればお母さんを病院に入れられる」
と迷いますが、正直に届け出ます。

すると、財布の持ち主は自分が配っている新聞社の社長だった。
社長は自分のところの新聞少年が正直なことに感心して、
新聞社の使い走りにする。
そして、その社長には令嬢がいて、物語りが始まるわけです。
ご都合主義にでいきているところはありますが、
万国共通の精神ではあります。

ネコババしていいことはないです。
どこかでだれかや神様が見ている、と思うのが大多数の人ですよね。
わたしもネコババするかどうか迷ったこと、あります。
昔、学生のころ、
ホテルニューオータニの客室のベッドメーキングのアルバイトをしていたとき、枕の下から札束が出てきたのです。
この場合、ネコババしても発覚する可能性大なので、
すぐに届けましたけど[E:happy02]

小説家としての菊池寛も親しみ易いけど、
多くの作家を励まし育てた存在として敬愛されていました。
自分の作家としての才能はほどほどだと自覚し、
天才を伸ばしバックアップし、
読者に作品が届く方法を模索しました。

自分の持てる才能ならどんな役割が適役なのか、
見極めることは重要ですね。
ジ〜ン。
我が身に置き換えて考えてみよう。

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