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あまりにも長ーいけど、ど迫力と人生がある

『モンテ・クリスト伯』は、『巌窟王』なんです。
昭和中期に生まれ育った我々は、むしろ『巌窟王』で読んだと思います。

現在児童書では上巻下巻に分かれて読めるようになっていますが、
それでも中盤、かな~り冗長に感じます。
ところが解説を読んでみると、これでも「大幅に削った」というのです。
なぜそれほど長いのかという理由を知って、納得しました。
新聞連載小説で、当時(1844年から連載)大人気だっととのこと。
それゆえ、読者サービスで
あれもこれもと寄り道したりエピソードを加えたりしていたのではないでしょうか。
連載当時は、多くの読者がまだなまなましく覚えていることだった
という事実も興味深いです。

だから、現代の読者であるわたしたちは、
中盤のエピソードをいちいち理解に努めて細かく読む必要は
ないのかもしれません・・
実際、そうじゃないと途中で読むのをやめる人が続出するんじゃないかな?

モンテ・クリスト伯になった船乗りエドモン・ダンテスが、
根拠のない密告のために
14年ものあいだ閉じ込められていたイフのシャトーは、
彼が脱出してから何年か後には
観光の対象となっていました。
管理人が「ここに生身の人間を閉じ込めていたなんて信じられない」と
言うくらいひどい穴蔵なのです。

ダンテスが脱出したその経緯と方法が、この長い物語の中でも
一番ドキドキするところです。
「うわーー、これはーー」と、言葉を失うくらい暗く残酷な場面。
そうやって脱出できたことが、復讐劇の始まりです。

後日、観光客として訪れたモンテ・クリスト伯が、
自分が監禁されていた岩窟や
秘密裏に掘った抜け穴を見る場面も感動的です。
岩窟で死んだ仲間の神父が遺した巻物を手に入れるところも
忘れられません。

復讐の物語と言うしかないのですが、
その始まりがあまりにも小さな密告の手紙であり、
ここまで大きくなるか・・
という感を免れないのですが、
時代背景(ナポレオンの賛成派と反対派が密告しあいせめぎ合う)と、
父を餓死させられた、という思いも加わっているから
と解釈もできます。
密告した人々や、裁判に関わった判事たちが
その後あまりにも、のうのうとした生活をしているところが
許しがたいと感じさせられます。

復讐のために生きる人生というのは、幸福であるはずがなく、
モンテ・クリスト伯も、あるとき、
復讐の範囲を超えて人を殺したことを意識します。
そうして、どうしたか・・?

うまくいかないことがたくさん、
むしろそればかり・・な人生にも、
その向こうによろこびはある。
毎日修行を続ける。負けない。

不幸を味わった者だけがよろこびを味わうことができる。
待て、そして希望せよ。

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