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復興せる歌舞伎座 芝居も時代とともに

歌舞伎座が新しくなったのは何年前かな。
今の歌舞伎座の前の歌舞伎座が新しくなったのは
昭和26年だった。
いや、私は生まれてはいなかったが。

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古本好きなので開場時の記念誌を買ってあったのです。
夏の終わりに、眺めていました。
江戸の頃から受け継がれている演目の数々を脈々と育て磨き上げてきたことを痛感せずにいられません。
時代時代で形やスピードなど変わるところはあっても人々の心に訴えるところは変わらないんだと思う。

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こんなにたくさんの人たちがこんなにも情熱を傾けて築き上げ練り上げてきた芸を
観客たちが、こちらも劣らぬ情熱で劇場の内外で熱を上げて楽しみ語り合い続けてきた。間違いなく。

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分厚くて優雅な装丁のこの本を見ると、つくづくそう思う。
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ここのところ贔屓の役者さんが亡くなり足が遠のいていた元歌舞伎ファンですが、たまには若い役者さんたちが頑張る姿を見に行こうかなと。
明治36年、昭和24年に続く過渡的時期を迎えていることは確かだと思いながら。当時のじじいばばあもこんな気持ちだったのだろうと思いながら。

慶応3年の10月25日、江戸の中村座、市村座、守田座の三座の座元が芝の薩摩屋敷に呼び出されている。新しく芝居の櫓を許可するという言い渡しがあるというので3人が待っているところだ。

そこへ、へんなものがあらわれる。

生首であった。生首が3つ4つ、運ばれてくる。すしやの小金吾の首だの寺子屋の小太郎の首だのは見ているが、いくら江戸でもほんものの生首は、そんなに見たことはない。

そのうちに傷ついた兵士だの敵のいけどりなんかが大勢現れるので、おっかなびっくり控えた待っていると、番所のしまいの時刻がきて、追ってまた呼び出す、と言われて、3人はほうほうのていで帰ってくる、とある。薩摩屋敷の焼き打ちの日だそうだ。

安藤鶴夫『あんつるくんの便箋』

芝居も時代とともに歩んでいるのです。

これは年表中の昭和24年のページ。
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お芝居見物、役者さんの贔屓は、人々の生きる活力になるのです。
歌舞伎の場合は、この役、あの人は、ああやってたなーーー、、、という感慨も見物する味わいの大きな部分ですなぁ〜

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