akikusa_dreaming のすべての投稿

持ち物を少なく、という理想

持ち物を少なくしてすっきり暮らす
っていうのは、多くのおとなが良しとするところらしい。

わたしも、持ち物は少なく、と思っている。
併用できるものは併用して、
買うときはよほど考えてからにしようと思っている。

それでもお店で見ると
「これはいいかも」と
衝動にかられちゃうものはいろいろある。[E:coldsweats01]

わたしの場合は、

籐のもの・・大小の籠など

レースの小物やかわいい物・・ま、いちおう女性なんで。[E:smile]

古いもの・・着物はもう買わなくなりましたけど、
ひところだいぶ買ってしまいました。

今は、焼き物とか
木の箱や木のお盆などの
木でできたものに会うと動揺する。

本・・とくに神保町界隈へ行くと
たががはずれそうになる。
これは買わなきゃ、という気持ちになる。

でも、靴なんかはお気に入りを長く履きたいです。

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[E:bud]↑木の靴箱[E:bud]

部屋にささやかなお花を飾ったりすることが
暮らしのひとコマとしてどんなに大切か、
わたしもやっと気づき始めました。

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e87.com(千趣会イイハナ)

台所に手作りの喫茶コーナー

今住んでいる家に引っ越してきて半年あまり。

ちっちゃーい中古一戸建てで、昭和50年代に建てられたものです。

その昔住んでいた社宅のときのリビングを思い出して判断すると、

台所は、そうですね〜、8畳くらいでしょうか。
そこにテーブルを置くとかなり狭苦しくなるし、前の家でも「お茶の間」生活をしていてテーブルを持っていなかったため、この家でもテーブルを使っていません。

そんな中、ラジオの話題でも触れたように、家にいる生活に変えたので、ちょこっと作業したりラジオ聞きながら本をめくったりお茶を飲んだりする「台」がほしくなりました。

骨董(というほどではない古道具)で探したり、しばらく模索してみました。

けれども、狭い場所に置けて、感じが良くて、さりげなくて、しかも値段が安い、な〜んてものは、あるわけない!!
それはうすうすわかってはいたのですが、ちょっと試行錯誤してみるのも楽しいですから・・[E:coldsweats01]

そして行き着いたのが、自作。

桜の木の板と、折り畳みできる棚受け金具。

大森の人々の味方・ダイシン百貨店にて購入してきました。
これなら値段もじゅうぶん手が届く[E:happy01]
板が2000円くらい、金具が1500円くらい。

壁は白いクロスが貼ってあるんですが、ペコペコで頼りないので、補助板をつけて取り付けました。
補助板案を思いつき、実際に施工するまで、苦節ひと月あまり。素人の悲しさ〜。
昨日午前、めでたく竣工[E:crying]のはこびとなりました。[E:shine][E:shine]

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さっそくラジオを載せて聞いてみたり、コーヒー牛乳を飲んだりカレーパンを食べたり[E:confident]楽しいひとときを持つ場ができました。

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渥美清の歌う「この道」

ラジオから、渥美清の歌う「この道」が流れてきたのを聞いていると、なんとはなしに涙ぐみそうになるのはどうしてかな〜?

何がわたしの中に刷り込まれているからなんだろう。
寅さんの映画? 「この道」の詞? メロディー?

声高に小難しくがなりたてるような発言なんか吹っ飛ぶ、心からの叫びがそこにあるのをかぎつけるから?

映画『二十四の瞳』の新しい版で田中裕子が主演しているものがあるそうで、私は見ていないのですが。

その中で、渥美清さんがナレーションをしていて、
「昨日に変わらぬ今日であった」
というようなそんな意味のフレーズがあるそうです。
人の一生の真理がそこにある、と感じるのは、少〜し生きる苦労を味わった人かもしれない。

同級生の何人もが戦死した『二十四の瞳』の話の中では、昨日に変わらぬ今日が巡ってくることは、得難い、有り難いことなのだから。
そのナレーションを渥美清の声で聞くと、
「んー・・」と泣けそうです。

HMVジャパン 和モノ

ラジオへの傾倒

 秋草さんはこのごろ、ラジオっていいものだ、と感じ始めています。
ラジオは音声だけで構成されています。
 

 例えば、テレビだと、
「こんな気の毒な人がいますよ」
という内容のときには、たいてい、その気の毒な人自身が画面に現れて
顔が写って、何かしゃべったり泣いていたり、周りの人やスタジオの芸能人までも出てきて、それについてまた何か言ったりします。
 そういう伝え方に、なにかちょっと食傷ぎみになってきました。
 

 ラジオはそういう話題の場合、その気の毒な人自身は直接には登場せず、アナウンサーが状況を説明するというやり方が普通です。だから、聞いている人は、生々しさや、テレビ番組制作者の意図の押しつけから開放されて、自分で想像することができます。
 

 秋草さんにとっては、そのほうが、そういう情報を受け取りやすいのです。何か手を動かしながら聞くのがちょうどいい感じです。
 

 ラジオからはなにげなく、知っている歌、知らないけど気持ちにしみる歌が、たまに流れてきます。自分で改めてCDをかける、というほどでなく、聞こえてくる短い音楽が日々の時間時間を彩ってくれます。
 

 家を空けてばかりいるときには望めないことで、ラジオの良さに気づく生活に変えてよかったと思います。
 

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日よけグッズをまとめてフックに

 

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気温35度を超える日に、自転車で移動するときには、日よけ道具がいろいろ必要です。[E:bicycle]

アームカバー、帽子、襟巻き・・

つい玄関の周りやキッチンのその辺に、ゴチャっと置いてしまうのが秋草さんの常ですが、

カレンダー横に[E:shine]フック[E:shine]をつけて、まとめて掛けることにしました。

少しは「ミバ(見場)」がよくなったつもり〜。

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達成感と疲労

達成感が少ないと疲労は多い
という法則を確信したのが、わたしの昨日の生活でした。
パソコンの操作技術が拙いことと、目標がはっきりしていなかったのがおもな原因と自分では分析している次第です。
パソコンの前に座ってクリックをいっぱいしてるのに、内容がない。
しかし、だめだと思ってからが大事だ(カラ元気)。
ということで、きょうは、バイトにも出るけど、
「負けんぞ」
というつもりで、パソコン再挑戦の記念日とします。

うちのタマもシッポで応援してるにちがいないから!!

 

パラリちゃんは、きのう、押入れの奥深くに潜んで怠け心にカツを入れてくれた〜

いちじは、家の外に行ったとしか思えない・・と、懐中電灯を持って家の周りを捜索し始めたんだから〜

化け猫とのはち合わせ(未遂)

  うちのお風呂場の外にはすぐ、隣地との塀がある。

その塀はどうも近所の猫の通り道になっている。

 

今まで見た猫は2種類いて、三毛とクロキジトラ。どっちもかなりの貫禄を持っている。

 

 昨夜、うちのシラタマちゃんが夕食後の運動中、お風呂場にはいって窓際へ飛び乗ってしまい、危うくそのどちらかの猫と鉢合わせしそうになった。

 その時は、お風呂にはいろうとして窓を閉めたところだったので、直接に二匹が顔を合わせるはめには陥らなかった。

 

 でも、シラタマちゃんが外の猫の影に気づいて大声で鳴いていたので、外の猫も

「なんだ? 怪しいヤツ!」

というように顔を窓に近寄せてきていた。

その光景は人間でもけっこう怖かった・・

 

 シルエットが街灯に照らされて拡大してるからよけいに化け猫のようになっていて!

なかなか見られない光景を見た一夜でした・・・

猫の食後の運動には気をつけましょ!

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無駄も悪くない

 夏の贈り物をネット上から注文して相手の住所を出そうとすると、なぜか出ない。前にもこの店から送ったので住所はどこかに登録されているはずなのに。操作方法がちょっと違ったためにネット上で行きつ戻りつ・・

 そこで仕方なく、今年の年賀状を引っ張り出すことに。そしてその中に、

「ああ、この人にちょっと連絡してみたいな〜」

という昔の友人がいたのだ。

 年賀状だけの付き合いになって10年近くなるか。正月にこれを見たときにはとくに何も思わず他の賀状とともにしまい込んでいた。いま出してきて眺めると、なんだか話してみたい気持ちがわいてくる。

 きょうメールしてみよう。彼の会社はたしか他の大会社に吸収合併されたと聞いている。どんな様子かな。
 パソコン操作が悪くて住所が出てこないことから、こんな思いがけないきっかけが転がり出てきた。

動物園の変貌

『失われた志』という城山三郎対談集を読み始めた。
昭和2年生まれどうし、藤沢周平との対談から始まる。その中で、話の核心とは違うところで妙に心をひかれた話題があった。

動物園の狼。

昔、藤沢氏が狼の檻の前にさしかかると十頭あまりの狼がいっせいに吠えだしたのを聞いて感動した話。
狼の持つ「孤独と禍々しさ」に惹かれるものがあったんでしょうね、という分析。
さらに、「しばらくしてもう一度吠え声を聞きたくて動物園へ行ったんですが、もうどこを探しても狼はいませんでした」

日本の動物園からはもう、動物の持つそういう底知れぬ神秘の部分は消え、
かわいいもの、愛らしいものが「飾られている」場所になってしまったのかもしれない。