カテゴリー別アーカイブ: 文化・芸術

浄瑠璃好き

浄瑠璃って、三味線の伴奏による語り物。

人形がつくと、人形浄瑠璃。

2014年1月11日(土)、説経浄瑠璃鑑賞会が開かれることを知り

聞きに行きました。

板橋区成増のアクトホール

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この日の出し物は、義経主従一代記のうち

「佐藤館義経真岳対面段」

義経主従一行が、奥州の佐藤継信・忠信兄弟の家を

それと知らずに訪ねて一夜の宿を乞い

兄弟の母と話すうち、

次第に互いのことがわかってくるという場面です。

歌舞伎の義経千本桜の川連法眼館の場に出てくる

忠信の家ということですねー。

解説してくだってから聞くので、内容がよくわかり助かりました。

説経浄瑠璃は弾き語りです。

日本のあちこちでこうして語られる浄瑠璃をたくさんの人が聞いてきたんだなー、と感じさせる芸能だと思います。

三味線とともに語るかたちは、江戸時代くらいには

日本人の感覚に染み込んでいたんじゃないでしょうか。

「間」のいい三味線と語りは、聞いていて気持ちのいいものです。

説経浄瑠璃は、一度ならず衰退しそうになってはまた受け継がれ・・

という経過をたどってきたそうで、これからも続いてほしいと思います。

なんか聞いていて落ち着く、というのか

これどこかで接したことのある音、というのか

そんなことを感じる芸能です。

ヴィンテージのある暮らしをイメージする

ヴィンテージのある暮らし展(銀座三越)から帰って
(銀座三越で骨董関係の催事は20年ぶりなんだそうです)

お腹がすいていまして、
そのときの気分では
パンより、やっぱりごはんが食べたかったので
土鍋で炊いて食べました。

お米を1カップといで土鍋に入れて。
すぐに火をつけて炊くので
火を弱めにして。

蒸らしの時間をちゃんととればだいじょうぶ。
10分くらいおこうかな、空腹をたえつつ・・
と思って『芸術新潮』の小林秀雄特集の号を
読んでいたら、
けっきょく30分くらい
経っていたかもしれません。

が、ごはんはまだまだ熱くて
おいしくいただきました。ヽ(´▽`)/

20130729_001
急いでいたせいか写真がピンボケになってしまいました(;ω;)

わたしは、ごはんに味噌があれば大満足の
ごはん派なんですが
キムチまであったので、
辛党のごちそうランチ。

小林秀雄の骨董を愛でた話を読むにつけ、
こういう日常のごはんに、
気に入ったお茶碗など使うと
心が充実していくんだろうな、と思う。

うちは家でお酒を飲まないけど、
ある程度の年齢になったら
好きな酒器でお酒を飲むような
暮らしでありたいですねー。

まずは毎日使うごはん茶碗からかな。

ヴィンテージのある暮らし展は、
なかなか面白かったです。

古い布を使って表装した掛け軸
は、以前からありましたが、
たとえば、額縁の中に入っている
古い布と自分の作品を組み合わせた
ひとつの絵
っていうようなモノがありました。

古い布を使った作品・・という感じかな。
古い着物を売るのではなく
また古い布を売るのでもなく、
創作作品にとして布を使って売る、
という段階にはいったのでしょうか。
そんな気がしました。

西洋のアンティークもたくさんあって、
お店の人とちょこっと話をしつつ
巡ってきました。

シルバーのティーストレーナー。
目が粗いから実用というよりは飾り?
という美しい姿のものがありました。

そちらのお店にあった
アメリカで買ってきたという
「見台」。

本を立てかける面がアイアンですてきでした。
日本にあるいろんな見台と、
機能が一緒だけど
姿がちょっと違うのがおもしろい・・
下部に抽斗が2つ。
メガネやらしおりやらを入れる感じかな。

イギリスのタイルを額縁にいれたものも
綺麗でした。
お台所の壁にかけて
お料理の気分を軽くするのによさそう。
1800年代の終わり頃の
日本の模様からインスピレーションを得たこと
間違いなし、っていうような
野の花模様のが印象的でしたー(*^.^*)
青と白のトラディショナルな感じもいいですね。

かんざしや帯留めに焦点を絞ったお店も
一つひとつを見つめたくなるゆかしさでした。
大きなものもいいけど
ちっちゃいガラス玉に
シルバーの繊細な流線模様のも良かったですー。

そのほか古いケーキ型とか
自作の白磁とか
いろいろあって
ふらりふらりと
どのお店にも立ち寄りたくなる会場でした。

しかも、となりのコーナーには
ゆかたの展示が。
薄墨色の有松絞りの浴衣に
麻のむらさき色の帯が
お人形に着せてあって
はーーっ
としばらく見入っていたら
店員さんに見咎められ・・じゃない・・
見つかって
お袖を通してみませんか?
と言ってくださったのですが、
きょうは、早く帰宅して
ウェブサイトに手を入れようと
やや気が急いていたので
眺めてちょっとお話するだけで
帰ってきました。

ビンテージのある素敵な暮らしフェア

飾ってあった有松絞りはこれの色違いで薄墨色。

すてきでした~

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月いち観劇日 歌舞伎座!

歌舞伎座が新開場して、

わたしも月1回くらい行きたいもんだ・・ということで

今月は「加賀見山再岩藤」を見物。

久しぶりにイヤホンガイドを借りて観劇しました。

まえに「鏡山旧錦絵」のほうは見たことあると思うんだけど

そのあたりの区別も自信ないし、どっちにしても複雑そうなので。

御殿女中の宿さがりのときの観劇をあてこんでいたとの解説に

納得しました。

自分たちの御殿での日常を舞台にしたお芝居で、

こんなこともあるかもしれないなー

と思いながらみるのは、面白かったことでしょう。

それにしても、そういう女性たちが

どんな髪型や着物で、どんな顔をしてお芝居に来て

芝居小屋の席に座っていたのか、

タイムマシンに乗って見に行きたい気持ちでいっぱいになります。

 

「骨寄せの岩藤」の、骨が散らばっている道具は

舞台が明るいときはちょっと滑稽な感じもしましたが、

暗くなって骸骨になっていくところは

さすがに現代人の目にも不気味でした。

 

宙乗りは、舞台を下手から上手へ横切る宙乗りでしたが、

あの連尺という道具はいつも不思議です。

大阪の道具の人が幕末に作ったもので、

しばらく使われていなかったのを

3代目猿之助が再び使い始めたとのこと。

かろうじてその道具の存在と使い方を知っている人が

生きていた時代だったようです。

絶えてしまわなくてよかった・・・

身体はどこも吊っていないし、腰掛けてもいないなんて。

発見したとき猿之助さんはとっても喜んだそうです。

すごいものを考えた人がいたもんですねー、幕末に。

東劇から歌舞伎座を見やる故名優たちの写真~

 

築地へ行ったときのこと。
東銀座から築地へ歩く途中に東劇があります。
いま、「歌舞伎クラシック」と銘打って
昭和50年代などの舞台映像を映画で見ることができます。
「隅田川」をこの間見たんですが、そのお話はべつとして。

東劇正面に故名優たち10人の写真が
大きく掲げられています。
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去年12月に逝ってしまった18代目勘三郎の写真が
中央あたりにはいっているのが
感慨を呼びますが・・
この10人の写真が、
交差点ちょっと向こうにある歌舞伎座に
まっすぐ向かい合っています。

東劇正面からの写真がこれです。

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すぐ近くで現役の役者さんたちが出ているのを
見守っている故名優さんたち。
っていう感じがしてなりませんでした。

見ごたえあるお芝居や踊りに共通のことって

ずいぶん大上段に構えたタイトルをつけちゃったんですが、

ちょっとそう思ったもので、自分で忘れないためにも

書いておくことにしました。

 

「隅田川」を観ました。

東劇でやっている歌舞伎クラシックの

歌右衛門・勘三郎のです。

 

この演目は、外国公演でいつも反響が大きかったというのもうなづける、と思いました。

内容が万国共通ということももちろんですが

言葉が通じなくても、ストーリーが振りでわかるようになっています。

 

最初から思い出していくと・・

舟人が、去年3月に人買いに連れて来られた少年が死ぬ場面を

語って聞かせるところの勘三郎の振りが、

ほどが良くって、情が伝わってきて、よかった。

そこに居合わせた人びとが少年をかわいそうに思って

寄り集まって泣きながらいたわってやり、

ついにみまかる少年を

みなで葬ってやったんだな、という様子が

思い浮かんでくる感じです。

 

墓へ班女の前を連れて行ってやり、悲嘆に暮れるのを見て

かわいそうだけれど諦めるしかない、というように、

あたりの花を摘んでやり、手渡すところも、

見知らぬ人どうしだけれど同情し、いたわる気持ちが

少ない動作で静かな中に表れていて感動します。

そうして、班女の前がうなづいてそれを受け取るところで

涙が出ました。

見ず知らずの人にいたわられて、

悲惨な運命を受け入れようとしているんだな、と

その気の毒さ、けなげさ、を思いやって。

 

班女の前は「狂女」だと思っていたけれど、このあたりまでは

まだ狂ってはいないんだと知りました。舟人に思いやりをかけられて

うなづいて花を手向けようと墓に向かって歩いて行くけれど、

前まで来ると思いが極まってきて、

なんだか息子の声が聞こえるようで、

花を手から一本二本と落としていく。そうするうちに狂ってきて

離れて見守る舟人のほうを、そのまた背後を見て、

息子の姿を見ているような素振りをするので舟人が

「さては狂ったか」という表情をします。

そのあたりの舟人の気持ちの変化も

振りで表されるのがよく伝わってきます。

 

舟人のそばまで戻ってきた班女の前は、

幼かった息子の姿を心の奥に見たのか

目を細めて笑います。

このあたりはまた泣けます。

ストーリーも心の動きも、みんな振りで観客にはっきりと伝わることに驚きです。

 

終わりにまた、墓にとりすがって泣くところでは、こちらもまた泣けます。

抑えた表現だからこそ、悲しみが、より深く伝わるという感じです。

 

それで、この舞台を見ているうちに感じたことには、

役の気持ちと役者さんの動作に

「切れ目がない」ということです。

たとえば悲しいということを表す動き(振り)をするとき、

それを表す振りにかける時間が

I—————————————I これだけあったとすると、この舞台では

I—————————————I これだけ、空白の時間なしに、

たるむこともなく続いています。もちろん振りがゆっくりだ

ということではありません。

I——I ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・I  いっぽう、その振りをして、あとはその形をして止まっている                     というのと違いがあります。 いくら顔で悲しそうな顔を作っ                      ていても、気が持続していなくて、次の動きまで空白になっ                     ているのと、違っています。

 

見ごたえのあるお芝居や踊りに共通なのは、これかもしれない、

と、この「隅田川」を見て、つくづく感じました。