カテゴリー別アーカイブ: 東京都大田区

すてきなシェアハウス発見

「シェアハウスというよりは
“文化住宅プラス”という呼び名の方が
しっくりくるかもしれません。」
と紹介されている物件が、近くにあると知り
わーー
と思い、住んでいる地元を見直した次第です。

とかく壊されてしまう木造アパートが、
こういう形で生き返るのは、
いいことだな~!

Img_0931_2

外観だけだと、ちょっとわかりにくいですねー。
こちらに中の写真が↓↓

>>すてきなシェアハウス

大田区は、銭湯もたくさんあるからだいじょうぶだよ。

こういうところもあるし。
>>大森ロッヂ

近所にこういう雰囲気のところがあると
なんだかうれしい・・

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梅ちゃん先生、地元も応援でいろんな動きが出ています

NHKの朝ドラ『梅ちゃん先生』が始まって、
蒲田が舞台とあって、地元では
ドラマのパネル写真展や昔の写真展などの催しが行われています。

うちは蒲田と大森の間くらいの場所ですが、
同じ大田区とあって、蒲田の昔を知る老人も多く住んでいる地域。

先日、回覧板でこんなのがまわってきました。

P1050540a

家庭のアルバムなどに眠っている
昔の風俗がわかる写真はけっこうあるもの。

少し以前は、そんな写真、見向きもされませんでしたが、
最近は、昭和20年代はもとより
40年代くらいでも、レトロに感じる向きも増えました。

「こんなのよくある写真じゃないの~?」
と思っても、見たことない人には珍重されるのです。

これをきっかけに写真だけでなく、
住民の心の中のことも発掘し、
活字にしていくようにしたいです。

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梅ちゃん先生クランクイン 蒲田が舞台です

4月から始まるNHK朝ドラ『梅ちゃん先生』の
収録が先月からロケ地茨城で始まったとのこと。

舞台になる蒲田の地元、こちら大田区では
ホームページなどでも話題になっています。
蒲田というと、とかく治安が悪いイメージを
持たれる時期が続きました。
実際、昭和30~40年代ごろには
場所によっては犯罪が多かったとか・・

現在は明るく、風紀も他の街に劣らない街になっているけど、
一度できあがったイメージは
急に変えられるものではないのです。

この度の『梅ちゃん先生』で
戦争の焼け跡から立ち上がる蒲田の人々が
登場することになりました。

それによって、決して上品とは言えないけど、
人間味あふれる飾らない人々がいっぱいいる街として
親しみを持ってもらいたい、なんていう思いが
地元にあることはたしかです。

昨年10月に、蒲田駅ビルの東急プラザさんで催された
「蒲田今昔写真展」でも
歴史ある蒲田を見直し、良さを広く知ってもらおうという
機運が盛り上がっていました。

かつては松竹蒲田撮影所があって
俳優や映画関係者が集ったモダンな場所だった
蒲田の片りんは、実はそこここに残っています。

まず地元人が街の良さを再発見して、
訪れた人にも知ってもらおうと
「梅ちゃん先生」推進委員会というような組織を
作る動きもあるようです。

ドラマはあくまできっかけとして、
良き蒲田を再発見していく動きに参加していきたいです。

大田区にはお風呂屋さんが多い

大田区にはお風呂屋さんがわりと多い。
いっぽう、東京でもあちこちで廃業するお風呂屋さんが多い。
前に住んでいた、文京区の根津神社のすぐ近く、山ノ湯。
震災で設備が故障したためしばらく休業
って張り紙がしてあったけど、
どうしただろう、再開したかな〜。
根津あたりも、もうひとつの宮の湯がすでにやめてしまったから、
もし山ノ湯までなくなっちゃったら
お風呂のないアパートも存続できなくなってしまうだろう。
そうすると、町並みまで変わることになりかねない。

大田区・・の中でも大森から蒲田あたりには、
まだまだお風呂屋さんが多く残っていて
お客さんもわりと多い。
気軽に楽しめる(450円!)レジャー感覚だったり、
もっと馴染みの人にとっては暮らしの一部。
やっぱり家のお風呂よりあったまるし、
このあたりは温泉がひかれてるお風呂屋さんも多いから、
家のそばで温泉気分、ってわけですね。
うちから一番近いお風呂屋さんも温泉です。
「疲れた〜」と思う日や、
「あったまりたい」と思う日、
気分転換にもいいです。

我が街を愛する気持ちをみんなで盛り上げる

先日来、聞き書き・大田区民の会として活動に参加していた
蒲田今昔写真展が終了しました。

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昭和ヒト桁に生まれてずっと蒲田周辺で暮らしてきた方は、
戦前の写真もぜひ探してほしいとおっしゃっていました。
蒲田は昭和20年の4月15日に空襲を受けて
ずいぶん焼けてしまったそうです。
多摩川に逃げた人が大勢いてたくさんの人が亡くなったそうです。

古い写真の場所が特定できていなかったものが、
来場者の方の記憶から判明したものもありました。

駅舎や駅通路の写真では、
「ここを毎日通ってた」という人が何人もいて、
いまはご年配の方々が、
「中学生だった」「高校生だった」
と懐かしそうにお話されました。
「学校の規則でお下げ髪だったわ〜」
と、71歳だというご婦人が笑っておっしゃいました。

買い物で通っていた商店街の写真、
陸橋の開通式・・

みんな、それぞれの節目節目の思い出とともにある
街の風景だということが伝わってきました。

今度は隣りの地域についてもやってほしいという要望も
たくさんありました。

駅ビルの企業と観光協会と住民ボランティアが協力しあって、
自分の街を愛する気持ちを盛り上げるのは
とても良い企画だと感じました。

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