カテゴリー別アーカイブ: 東京都大田区

梅ちゃん先生クランクイン 蒲田が舞台です

4月から始まるNHK朝ドラ『梅ちゃん先生』の
収録が先月からロケ地茨城で始まったとのこと。

舞台になる蒲田の地元、こちら大田区では
ホームページなどでも話題になっています。
蒲田というと、とかく治安が悪いイメージを
持たれる時期が続きました。
実際、昭和30~40年代ごろには
場所によっては犯罪が多かったとか・・

現在は明るく、風紀も他の街に劣らない街になっているけど、
一度できあがったイメージは
急に変えられるものではないのです。

この度の『梅ちゃん先生』で
戦争の焼け跡から立ち上がる蒲田の人々が
登場することになりました。

それによって、決して上品とは言えないけど、
人間味あふれる飾らない人々がいっぱいいる街として
親しみを持ってもらいたい、なんていう思いが
地元にあることはたしかです。

昨年10月に、蒲田駅ビルの東急プラザさんで催された
「蒲田今昔写真展」でも
歴史ある蒲田を見直し、良さを広く知ってもらおうという
機運が盛り上がっていました。

かつては松竹蒲田撮影所があって
俳優や映画関係者が集ったモダンな場所だった
蒲田の片りんは、実はそこここに残っています。

まず地元人が街の良さを再発見して、
訪れた人にも知ってもらおうと
「梅ちゃん先生」推進委員会というような組織を
作る動きもあるようです。

ドラマはあくまできっかけとして、
良き蒲田を再発見していく動きに参加していきたいです。

大田区にはお風呂屋さんが多い

大田区にはお風呂屋さんがわりと多い。
いっぽう、東京でもあちこちで廃業するお風呂屋さんが多い。
前に住んでいた、文京区の根津神社のすぐ近く、山ノ湯。
震災で設備が故障したためしばらく休業
って張り紙がしてあったけど、
どうしただろう、再開したかな〜。
根津あたりも、もうひとつの宮の湯がすでにやめてしまったから、
もし山ノ湯までなくなっちゃったら
お風呂のないアパートも存続できなくなってしまうだろう。
そうすると、町並みまで変わることになりかねない。

大田区・・の中でも大森から蒲田あたりには、
まだまだお風呂屋さんが多く残っていて
お客さんもわりと多い。
気軽に楽しめる(450円!)レジャー感覚だったり、
もっと馴染みの人にとっては暮らしの一部。
やっぱり家のお風呂よりあったまるし、
このあたりは温泉がひかれてるお風呂屋さんも多いから、
家のそばで温泉気分、ってわけですね。
うちから一番近いお風呂屋さんも温泉です。
「疲れた〜」と思う日や、
「あったまりたい」と思う日、
気分転換にもいいです。

我が街を愛する気持ちをみんなで盛り上げる

先日来、聞き書き・大田区民の会として活動に参加していた
蒲田今昔写真展が終了しました。

P1030165

昭和ヒト桁に生まれてずっと蒲田周辺で暮らしてきた方は、
戦前の写真もぜひ探してほしいとおっしゃっていました。
蒲田は昭和20年の4月15日に空襲を受けて
ずいぶん焼けてしまったそうです。
多摩川に逃げた人が大勢いてたくさんの人が亡くなったそうです。

古い写真の場所が特定できていなかったものが、
来場者の方の記憶から判明したものもありました。

駅舎や駅通路の写真では、
「ここを毎日通ってた」という人が何人もいて、
いまはご年配の方々が、
「中学生だった」「高校生だった」
と懐かしそうにお話されました。
「学校の規則でお下げ髪だったわ〜」
と、71歳だというご婦人が笑っておっしゃいました。

買い物で通っていた商店街の写真、
陸橋の開通式・・

みんな、それぞれの節目節目の思い出とともにある
街の風景だということが伝わってきました。

今度は隣りの地域についてもやってほしいという要望も
たくさんありました。

駅ビルの企業と観光協会と住民ボランティアが協力しあって、
自分の街を愛する気持ちを盛り上げるのは
とても良い企画だと感じました。

P1030164

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池上本門寺 お会式 初めて見た

P1030095

わたしが大森に引っ越してきたのは、去年の10月末。

池上本門寺のお会式を初めて見ました。

来るつもりでもなかったんですが、
ちょうど6時すぎごろ自転車で帰宅途中に通りかかると
ずいぶん人が出て、笛や太鼓の音が賑やかなので、
光に集まるガのように、
スイ〜ッと、寄って行きました。
正門のところにちょうど
あの花のついた笠が並んで通るところでした。

P1030097

お祭りはやっぱり心が浮き立つものですね〜

日蓮聖人が亡くなった13日を中心にした行事なんだそうです。
日蓮聖人が亡くなられた時、
庭先の桜が時ならぬ花を咲かせたという故事から、
「万灯」という、
紙で作った花で飾った宝塔を掲げて行列するのが
万灯行列だそうです。
             
その万灯を先導するのが、
江戸の火消し衆が参拝したときに始めた纏(まとい)。
やっぱり関東人の心には
その動きとが、鳶のはっぴ姿とともに、
スカッと威勢がよくていい気分です。

鉦や太鼓や笛の音とともに
いろんな万灯がつぎつぎに進んでいくのが見飽きない感じです。

この界隈では一大イベントで、
普段は車の通りの多い池上通りも
通行止めになって万灯行列が通っていました。
大森ダイシン百貨店の送迎バスも中止になるという、
地域ぐるみの一大行事なのだ・・

ここで日蓮聖人が亡くなったという場所なんだから、
記念すべき霊跡なんですね。

わたしは引っ越して以来何回も訪れました。
根津に住んでいたときで言うと
谷中墓地や寛永寺にあたるお散歩道として
楽しませてもらっています。

歌舞伎の片岡家や力道山や花柳章太郎のお墓などもあったりします。

見上げるばかりに急な長い石段は
映画なんかにも使われているようです。

向田邦子ドラマでも
舞台は本門寺のそばってことになってるものがありました。
田中裕子・小林薫主演の『いとこ同士』なんか印象深いものです。

地域の名所は親しみがあるとともに
地域の誇りでもあるんですよね。

大勢の人で賑わったあと、
地元の人が静かに散歩する場所に戻った本門寺がまたいいです。

蒲田今昔写真展「懐かしい、来て良かった」

蒲田東急プラザで開催中の今昔写真展。

12日から、わが「聞き書き・大田区民の会」も参加して
来場者の人たちの
「懐かしい・・来てよかった・・!」
という声をたくさんすくい上げています。

写真はおもに、駅前や商店街、駅ビル工事、陸橋建設などの風景なんですが、

「ああ、ここ通ってた」
「この年に学校を卒業したんだ」
「ここに街頭テレビが出て力道山を見てね〜」

などという、
写真の風景の中にいた若かりし自分を
心の底からいとおしみ、なつかしむ
「叫び」とも言うべき熱い声が、続々と会場に響いていました。

写真の前でどなたかにそんなお話を伺っていると、
お隣で見ていた方も一緒になって

「そうでしたよね〜」
「うちはここの一本むこうの路地を曲がったところだったの」
「ここになんとかストアーっていう店があったよねえ?」

などと、
古い知り合いのように話がはずんだりしていました。
いいものですね。いっしょのところで暮らしていたってことは。

「今昔」という名称のとおり、
昔の写真と同じ場所と思われる場所の
現在の写真を新しく撮って一緒に展示してあります。
中には、
「通りが一本違うよ」
と指摘されたものがあったり、
どこだかわからなかった場所が
来場者の方によって解明されたり。

皆さんの記憶はほんとに鮮明で、
細かいことまでよく覚えていらっしゃいます。

昭和30年代まで、駅も街もとても粗末なんですが、
それがまた、いやなこととしてではなく、
「きったなかったけど、楽しかったな」
という思い出となっているみたいに見えました。
みなさん、なんともいえない
幸せをたたえた笑顔でお話をしてくれる方ばかりです。

松竹撮影所のあった流行のさきがけだった蒲田から、

高度成長を支えた労働者が集まった蒲田、

風紀が悪くて事件も多かった蒲田、

そうして今また、

そんな毀誉褒貶を経た、たくましい庶民の町としての蒲田。

そこに暮らす人たちに、

「かっこよくないし評判も良くないけど、

な〜んか居心地悪くはないんだよね」

という程度に愛される町なんですね、蒲田は。

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