カテゴリー別アーカイブ: 東京都大田区

大森〜蒲田界隈の昭和ばなし

東京の南部・大森に住んでいる。

住んで1年にもならないけど、または、ならないので、

この辺りは昔どんなだったのか興味がある。

近い昔について知る人たちに聞いたりする機会が

それほどあるわけでもない。

そんなことを思いながら図書館の本棚の間を歩いていると

『古董屋アルジの時代ばなし』という本が目にはいった。

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何気なく開いてみた。

蒲田で「翠石堂美術店」

という店をやっていた高橋功一さんという方が

永年書きためたものを本にしたもののようだ。

平成4年の刊行。

口絵に昭和20年代30年代の商店街の人々や工場の人々、

蒲田駅50周年記念アーチの写真なんかが載っていて

その頃の大田区の空気を吸った人の生の姿を感じる。

詩吟や浪曲に合わせて踊る「組踊り」を披露する

衣装姿の著者が決まっててかっこいい。

こういう義士外伝や近藤勇などを

結婚式や何かの会で踊るのって見ないな〜最近。

近くの平和島駅辺りの商店街の由来なんかが書かれていた。

戦前まで、大森随一を誇る商店街で、

毎日お祭りのように夜店が出そろって賑やかだった。

照明灯のカーバイトが夜空を明るくするほどだったと。

カーバイトはいまの露店用の裸電球の代用品。

露店を取り仕切っていた土地の親分は平林角蔵といい、

地元にある海難供養塔建立に貢献して名をとどめているとのこと。

いつの海難だろう。調べてみよう。

そういえば、この本を借りた図書館の脇になぞの石灯籠があって、

よくよく説明板を読んでみると、

戦前には海岸のほうにあった灯籠で

地震で上のほうや一部が欠けてなくなって

近くの寺に置かれたりして転々としたあと、

復元して今の場所に落ち着いたということ。

気をつけてみると日常通る場所に過去の名残りがあるんですね。

大正7年に東海道が拡幅される話が持ち上がったとき、

その商店街・美原通りの人々が

立ち退きに反対して道路はその西側に新設されたとのことです。

明治5年に鉄道が開設されたときも

郊外の一寒村だった大森は海苔採取と麦藁細工に明け暮れる場所で、

オカジョウキは煙を出し、ローガイ(肺病)になるし、

火花で火事がおきるから

線路が通るのをふせがにゃならないと運動したんだそうで。

近くの平和島駅あたりが昔どんなふうだったかのか

想像するよすがになって楽しいものです。

戦後、20年代から30年代の初めごろには、

大森白木屋の人形売り場の売上は

大森海苔業者の今年の出来具合の景気で左右されたほどだった

という話なんかも

書いておかないと誰にもわからなくなってしまうことだな〜と思う。

聞き書きっていう活動があって興味をもっている。

この高橋さんのように自分で書いておける人はごく少数で、

多くの人はだれかが尋ねれば語ってくれるけど、

そうじゃなければ記憶をそのままあっちの世へ持って行ってしまう。

聞いて残しておきたいことが身近にたくさんある。

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大森海辺の古き時代と現状

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雨がほぼ上がっていたので自転車で近所を散策。

同じような人たちで、商店街はけっこうにぎわっていました。

銀行の通帳に記帳したくて、

ま、この際、三井住友銀行がこの界隈でどこにあるのかも

ちょっと探してみようというつもりもあってあちこちしました。

最寄りの大森町駅前にはない模様。

ではとなりの梅屋敷もすぐだからと足を伸ばしてみることにする。

梅盛会商店街を行くが、東口には見あたらず、

〜そういえば、この商店街の喫茶店「琵琶湖」(?)がセピア色の喫茶店の紹介みたいな本にのっていたのでいってみようと思ってなかなか行けません。〜

とうとう線路を越えて西口へ。

ここにも昔からやってそうな魚屋さん八百屋さん小スーパーが

あってひとつの商圏が形づくられていました。

昭和30〜40年代に栄えたと思われる

二階建ての木造アパートも散見されて

古いもの好きなわたしなどには見応えあります。

産業道路ぞいにもまだ看板建築風な家屋が残っています。

中でも写真の家は、貫禄で突出していました。

部分的に荒れているので空き家? と思いましたが、

以前、店の出入り口だったらしき場所は

きれいに片づいて火鉢なんか置かれています。

今は??営業していてもこの家屋じたいは主な窓口ではなさそうです。

だいたい商売もなんだかはわからないけれど、

運送業か、海苔問屋か?という感じでしょうか。

こんな家屋で商売をしていた時代をこの目で見てみたいです。

三井住友Bの自動機は梅屋敷の西口にありました。

帰り道わからなくなりながら、自転車散策を楽しみました。

大森駅近くで、二階建て木造アパートというか下宿屋さんが

壊される光景を最近目にして惜しいと思いました。

建物の活用方法を提案しあえるような機会があればと思います。

小さなお店をやりたい人々が集まって

建物ごと商店街にしたりすると楽しいと思うんだけど。

周りにもっと人がたくさんあつまる観光資源があるところや、

原宿みたいな場所でもないと難しいんですかね〜。

土地が高いからマンション業者にみんな買われてしまうんですね〜。

マンションばっかりの地域って魅力ないんだけど本当は。

マンション作るにしても空いてるところ

全部アスファルト、駐車スペースっていう

脳のないプランはやめてほしいですね。

地主さんも代替わりしたりして古い建物が建ったまま

その土地を持ち続けられる人はそう多くないんでしょう。

私がみたその場所は、下宿屋さんに隣接する通り沿いには

看板建築の空き店舗が並んでいたんですが、

一緒に壊される運命のようです。

いつかは消えるのが万物の運命だから

古い物古い物と固執しているのは空しい悲しみなのかもしれません。

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