カテゴリー別アーカイブ: 本

IMG_2357

本の中の本 読書の幅がこうして広がっていく?

神保町古本まつりで買った
山川静夫『名手名言』。

そこに、山川さんの書棚で不滅の光を放ちつづける本の一冊は
岸田劉生『歌舞伎美論』だと書いてあった。

この書名、確かにうちの本棚にもあったな。

2000年から2005年の頃、伝統芸能系の古本はけっこう買ったと
この間書きましたが、その頃に購入したものです。

探すともなく気にかけていたら
古本を入れているケースの中に、やっぱりありました。
山川さんが書いているように昭和23年が初版で
うちにあるのは昭和26年発行の第3版。

IMG_2357

IMG_2358

悲劇喜劇選書Ⅳとして出版されたときの帯と
しおりとして挟まれたらしいフィルムもともに。

岸田劉生が画家の視点で
歌舞伎の美しさを書いている本。

著者が歌舞伎の舞台面を描いた絵がカラーで入っていて
劉生が、歌舞伎は蜜豆の黒蜜のようだと言っていたという気持ちが
分かる気がします。
なるほどこれが黒蜜の味か、と。

歌舞伎を好む点では人後に落ちないつもりと言っている。
この「美の王国」が日本から失われてしまう時代が来るとしたら
人類の損だと言っている。

芝居見物の絵日記もつけていて
本の中に絵とともに入っている。
岸田劉生の絵日記なんて、貴重ですよね。

しかも、一芝居好きとして書いている
「きょうは帝劇見に行く日なのにあいにく雨・・・」
などという親しみやすい内容。

同時代人に認められず、
死んでから価値を見いだされた人だったと
山川さんの本にある。
岸田劉生が歌舞伎の美をどのように見ていたのか
難しいことではなく
歌舞伎好き市民として読み返してみなくちゃ。

ちなみに、河竹登志夫さん著のこちらの本とは別の本です。
こちらも良い本だと思われますが。

にほんブログ村 ライフスタイルブログ 和の暮らしへ
にほんブログ村

IMG_2334

本の背中を見るのがそんなに楽しいの? 楽しいんです

神田古本まつりが終わった・・・

何度も足を運びたいけど、暮らしのためにそうもいかず。
一回だけ行きました。

いつもは店の奥にしまい込まれている本も
ワゴンに出されているかも
などと想像して、心うきうき。
歩道に並ぶワゴンを一つ一つ見て回ります。

「本の背中を見るのがそんなに楽しいのか?!」
と我ながら自問するくらい、けっこうていねいに。

IMG_2334

伝統芸能系の本は、自分の中では2000年から2005年にかけて
ずいぶん買い込んでしまったので
今は控えています(笑)。
舞台も見なくなったので自然な流れで。
歌舞伎役者さんも文楽の人たちも
その頃とはだいぶ世代交代が進みましたねー。

『名手名言』
山川静夫さんの著作は必ずおもしろいので
あると買います。
持っている本も多いので
読んだことある内容かも、と思うけど
同じ題材を扱ってもそのときの筆者の考えが反映されていると
それはそれで読み応えがあるので
今回も買いました。

『本の声を聴く』木島始
季刊「銀花」に連載した書物随筆。
買ったのは
「本について自分で何か書くときの
タイトルのつけ方の勉強になるかな
という動機からでした。

読むと、あとがきに共感する内容が書かれていました。

山水画を見たとき、自然を相手に
「相対して坐すること終日」に興味を惹かれたことや
良寛の詩に
「向かい合って ともに語ることなし」
というのがあることが挙げられている。

やたらに言を多くするのが良いのではない。
多言の自然、多言の本という客と相対して坐る楽しさが
書かれてある。

「黙りあったままなのに
もてなしづかれすることなく
聞きだしかたしだいでは
語りやめることのない客なのだ」

という著者の詩もある。

歳月がかもしだした偶然からできた本だというのも
良い。

『江戸児童図書へのいざない』アン・ヘリング

児童文学史を扱う本のたいていが明治時代より前の時代には注目に値するものがなかったとしてまったく無視していたそうだ。
少なくともこの本がまとめられた1988年ごろまでは。

今はどうなんだろう?
見直されたのだろうか?
分からないので買ってみた。
江戸時代にはいろんな面で共感を持っている一人なので。

にほんブログ村 ライフスタイルブログ 和の暮らしへ
にほんブログ村

9784794968524

一の酉~久保田万太郎~江戸の人々への連想

きょうは鷲神社の酉の市。
一の酉。
大森駅前の鷲神社でも、
小さい境内ながら熊手の店が出ています。
江戸から続く行事があるのはいいもんです。

酉の市というと「寒い」「冬」の行事というイメージだけど
東京ではまだ薄着で平気なくらい。

久保田万太郎『三の酉』で、
次の年の三の酉までに・・・
というのが思い起こされる。
酉の市の季節になると
この作品を読みたくなるんだ・・・。
その賑わう下町の酉の市の様子や
にもかかわらず寂しい冬の雰囲気が味わいたくて。

昔の人たちが
「今年もこの季節を迎えられた」
と喜ぶ気持ちはひとしおだったでしょう。

岸本葉子『江戸の人になってみる』に
つくづくそうだったろうと書いてある。
いろんな流行り病、火事、地震に見舞われるから。
平均寿命にすると40代そこそこだったとされる江戸の人々です。

江戸の人になってみた暮らしのことが
いろいろ書いてあっておもしろく読めます。

たまたま、今朝のNHKの番組「朝イチ」で話していたことが
そっくりな内容だったので、奇遇に感じました。

家事代行サービスのお話です。
江戸でもそういうサービスはけっこう利用されていたんではないかとこの本の中にあって。
そのサービス業に就く女性がいるわけで
その人も別のサービス業の助けを借りて・・
という循環があったにちがいないという想像が成り立っています。
納得させられます。

町の女性たちも、子守や針仕事を請け負ったり
武家に奉公したりと社会に出る機会があったことだし。
別段、現代特有のことではないように感じられてきます。

この本、「お江戸の一年」の章と「お江戸の一日」の章があって
それぞれ楽しいのですが、
「お江戸の一日」が、より具体的で身近で
読者も実体験できそうな気持ちになれます。

肌寒くなってきたので
うちでも火鉢を使い始めようかと思います。

にほんブログ村 ライフスタイルブログ 和の暮らしへ
にほんブログ村

IMG_2282

これほど生活のなかで美を重んじる国はほかには見当たりません

「これほど生活のなかで美を重んじる国はほかには見当たりません」
と書いてある本を最近読んでいた。

「毎日あたりまえに繰り返される日常生活の中における
『ケ』に着目し
そこに潜む『美』とは何かを浮かび上がらせる」
と、書いてある本をその前に読んでいた。

きょう開いた本には
「食は日常、一汁一菜とは美学であり生き方だ」
と書いてあった。

人間が人間のために作った社会なのに
毎日を楽しく生きていると人に遅れをとるという
危惧感を漠然と抱くようになった。
ミヒャエル・エンデ作の『モモ』にあるように。

もっと忙しくしなくちゃ。
もっとお金がほしい。
なんて焦燥感に煽られながら
自分なりの目的って何なのかわからないまま
時間を過ごすようになった。

あ!
今このときから、
今このときを大事に思う生き方に変えよう。

IMG_2282

↑図書館で借りたのでラベルがあります。
ばらばらの番号なのに同じ考え方が散りばめられているんですね。
最近は書店員さんが同じ思想のものを集めた棚が
書店にもあって楽しいですが
これらの本でも一つの棚を形成できそうです。

IMG_2285

『ケの美』の中にあった写真。↓
本当はこうやって出しちゃいけないのかな。
コピーライト表示も一緒に写ってるからいいかな。
IMG_2279

不器用でも、毎日の暮らしの中の
ていねいさや
質素なおいしさや
同じことの繰り返しから成る美しさなんかを
だいじに思って生きていこう。

にほんブログ村 ライフスタイルブログ 和の暮らしへ
にほんブログ村

ふげん社さんありがとう

築地の ふげん社さん で開かれている
宇田川新聞さんの個展「本と木版画の休憩室」を
拝見してきました。
IMG_1434
南陀楼綾繁『本好き女子のお悩み相談室』(ちくま文庫)
刊行記念。
IMG_1433
本購入。

コミュニケーションギャラリー、ブックス&カフェ
ということで
室内には、テーマごとに分かれて本が並んでいます。
テーマごとになっていると、
自分の興味にひかれて見られるので見やすいです。
本屋さんでもこのように店の人が棚を楽しく作っているところが
増えていますね。
図書館の棚のイメージもあるけど、もっと自由な感じ。

詩の本
手仕事の本
建築の本
本屋さんの本
東京の本
伝統芸能の本・・・

欲しい本がありすぎて困りました。
けっこう長く居て
コーヒーも飲みました。

IMG_1427

オリジナルクッキーがついていて
しかも、お替わりもついていて
500円!

木のテーブルでゆっくりと本を広げつついただけるなんて
幸せ。
目の前に本だながあるので、
つい目が本の背を追ってしまうのもまた楽しいです。

件の本『本好き女子・・』は、10代から40代の女子たちのお悩みを聞いて彼女らに効く本を「処方」するっていう
おもしろい企画です。
連載していた出版社で書籍化できなかったものが
ちくま文庫になったとのこと。

長居しすぎたかな、と思い帰ろうとしていますと、
宇田川さんご本人がはいっていらっしゃいました。
ただの一お客のわたしなので、どうということもないのですが、
「応援してます」なんて申し上げて
お店をあとにしたのでした・・・
あたたかい雰囲気の作品なのでその気持ちはほんとうです。

「充電させてもらえませんか」缶バッジも思わず買ってしまいました。

また行きたいです。
(おとなりの新三浦という料理屋さんも由緒ありそうでした。)

新しくすてきな場所に出会えるのはまったくうれしいことですね。
にほんブログ村 本ブログへ
にほんブログ村

伝説の中にいる先住民と犬と少年が、今も生き生きと

「戌年」「冬」にちなんだお話を読んでいます。

表紙を見ると、楽しい犬ぞりレースのお話か、と思う。
ただ、少年ウィリーがレースに出る理由は、
税金の滞納を払うため。
まあ、そこまではよくある話かもしれない。
それに賞金を生活の何かに充てようとする話も
アメリカが舞台の話にはけっこうよくある。
けれどもここには、先住民族がたどった歴史も加わっている。

町のレースで常勝を誇ってきたのは先住民ストーン・フォックス。
ちなみに原題は『ストーン・フォックス』という。
ロッキー山脈に伝わる伝説がもとになっていると、
あとがきにある。
きっとストーン・フォックスのような男が実在しただろうと
訳者・久米氏は言う。

農場を営むおじいちゃんと暮らすウィリーは、
「そうしたいと思うだけでなく、かならずそうするという意志が大事だ」
とか
「質問するのはいいことだ」
とか日ごろ教えられている。

教育とは、個人が個人に与える影響力のことだ
と、どこかで読んだが、こういうことを言うのだろう。

困ったときに思い出して
活路を見つけるのに力になることを
与えてくれる人や本があるといい。

で、犬ぞりレースは、
見物のだれ一人として勝つと思っていない
必死の10才の犬と10才の少年が、途中まで1位だ。

必死すぎる一匹と一人。

作者ガーディナーが原作のあとがきに書いたように
創作ではあるが、結末のシーンは、
ほんとうにあったできごとだという。

日本語訳のタイトルは『犬ぞりの少年』で
たしかに少年ウィリーが、
おじいちゃんと農場のためにしたことの話なんだけれど
表紙で喜々として疾走する犬・サーチライトが演じる役割が
この物語の白眉だ。

楽しい犬ぞりレースのお話、ではない劇的な結末になる。

にほんブログ村 本ブログへ
にほんブログ村

目の前に宝物があるのに、だれも気がつかない

アリスン・アトリー『くつなおしの店』読みました。
こみねゆらさんの絵がまた良いです。

300年間、同じようにたっているバッキンガムシャーの通りの家々。
その中に並んで建つのが、ブリキ屋の店とくつなおしの店。

町に大きな店ができてから
ここでやかんやなべを買う人はあまりいなくなったブリキ屋の店は、
おかあさんと足のわるい女の子の二人ぐらし。

くつなおしの店は、
昔、ブーツ作りの名人だったが
機械でつくるぴかぴかのブーツがはやりだし
注文が減ってくつなおしばかりするようになった
ニコラスじいさんと孫の男の子の二人ぐらし。

男の子は、足のわるい女の子のために
誕生日に軽いくつをあげようと
貧しい中からおこづかいを出してニコラスじいさんに
くつ作りを頼みます。

市場で買った小さな赤い皮で
じいさんは女の子のために、かわいいくつを作ります。

そのくつの中に、足がいたくないようにと
男の子が、自分の手で
柔らかい羊の毛をはってあげるのです。
誰も見向きもしないところに散らばっているのを
一生懸命に集めて。

乏しいお金で買った皮で女の子のくつを作ると
もうほんの切れ端しか残らないけれど
じいさんはそれで、小さな小さなくつを作ります。

それはじいさんにとって
久しぶりの好きなくつ作りの仕事で
美しい音楽を聞くような楽しいひととき。
夢中で針を動かしてできあがったくつは
この世のものでないかのような、みごとなくつ。

くつなおしの店の窓辺に
かわいらしい赤いくつを見つけて
大ぜいの妖精たちがやってきて歌うのを
心から祝福したくなります。
毎日のくらしは、
「つまらない」繰り返しをまじめに続けることこそだいじだと
改めて気づかされました。

にほんブログ村 本ブログへ
にほんブログ村

見捨てられ行くところのないみじめな人は、ほんとうにそうなのか? 見分けられる目を持とう

石井桃子さん訳『マーガレット・マーヒーお話集 魔法使いのチョコレートケーキ』を読みました。

8つのお話がはいっています。
ニュージーランドに住む作家マーヒーさんの作品から、
訳者の石井桃子さんが、
ふしぎなことのでてくるお話を選んだものです。

石井桃子さんが、イギリスの本屋さんから送ってもらった
新刊書リストを見ているうちに、
「・・・第一お話集」という平凡な書名なのに
ぱっと目にとびこんできて
すぐに注文したという逸話があとがきにあります。

本の目録を見る楽しさが伝わってくるし
その直感ともいうべき出会いが
かなりの確率で的中していることに
本好きとして共感します!

表題の「魔法使いのチョコレートケーキ」は
8つのお話のうちのひとつです。

わたしたち多くの現代人が
信じなくなった「ふしぎなこと」は
どんなに人を幸せな気持ちにさせる(させた)でしょう。
子どもである時期にはせめて持てるようにさせてやりたいような
不思議を信じる気持ちを
呼び覚ましてくれます。

「たこあげ大会」「葉っぱの魔法」「遊園地」と
読み進むうちに、
子どものころの「たこ」は、
単純で目に見えていたが
おとなになってからの「たこ」は
簡単には見えない。
あるとき、その人にとって「それ」と
わかるときがくるんだな、
と気がつきます。

物語を読んだ「心」は、
ほかの人にもはたらきかけて、
この、世の中の空気をきれいで吸い込みやすくするのでしょう。

見捨てられ行くところのないみじめな人に見える人びとが
ほんとうにそうなのかどうか、
見分けられる目を持とう、と決心させてくれます。

「メリーゴーランド」にでてくる
虹の色のつばさで上へ上へとのぼっていく木馬たちの姿を
忘れまいという気持ちになります。

おしまいの「幽霊をさがす」で
古い家にあるこわれた椅子や
いっしょに遊んでいた女の子を待っているようなお人形が
風化した深い悲しみを感じさせるところまで8編、

実は、途中からお手洗いに立ちたくなったけれど
次はどうなるのか気になりすぎて
読み終えるまで我慢してしまいました・・・
それほどおもしろく心にしみ入ります。


にほんブログ村 本ブログへ
にほんブログ村

だれもがこの物語の主人公になる

築50年あまりの木造アパートに暮した13組の住人たちの、
平凡だけど一様でない日常。
町を歩いているだれもが主人公になる可能性のある
物語っていう気がします。

一から十三、
名字につく数字からわかる13組の住人たちが、
5号室で暮らし、そして出ていった。
50年あまりの間に、老若男女がそこで
人生の一部を、苦しんだり努力したり
笑ったり泣いたりして。

歴代の住人たちが、5号室でより良く暮らそうと
工夫した痕跡が受け継がれていくのもいい。
前の住人が暮したわずかな息吹きが感じられるのは
かえって心地よいものだ。

5号室は、へんな間取りっていうのもおもしろい。
「6畳・4畳半・キッチン3畳」っていうと普通っぽいけど、
その配置が変わっていて
住む人が自由な発想で使うことができるのだ。

ひょんなことから歴代の一部住人どうしが
互いに知らない結びつきを持っていたりする。
それを知るのは、あとの方の住人と神のみ。
部屋は黙って人々を受け入れ、包み込み、送り出してきた。

表札や郵便受けに残った前の住人の名札、
蛍光灯のひも、
カレンダーや靴べらをかけるフック、
当然次の住人も便利に使うだろうと
つけたままで置いていってくれたのかな
なんて、
ちらりとその見知らぬ人のことを考えたことがある人には
よりおすすめです。

にほんブログ村 本ブログへ
にほんブログ村

おとなの心に効くはなし

『むささび星』を読みました。

九州、飫肥は杉の産地。

何百年も昔から、人々がこつこつと植えて育ててきた杉が
山一面に美しく並んでいます。
村の人たちは、杉といっしょに生まれ、育ち、年をとっていきました。

かつて、さし木にする若枝を摘み取るのは、
木登りの上手な若者たちの役目。
村祭りで杉の大木に登り、
一番早く、一番高いところにお札をつけてきた者が、
あくる年の春、杉の若枝を摘む役になります。

一番になった者が摘んだ穂は
根ざしがよく、育ちもよいといわれていたのです。

その村におかあさんと二人きりで貧しく暮らす太郎。
太郎は村祭りの木登り競争に子どもながら出ることにしましたが
まだ幼すぎてかわいそうに思ったのか、
神主さんは太郎に二度お祓いを授けてくれました。

太郎のおとうさんは太郎が小さいころに亡くなり
太郎が山で遊んでいると、
おとうさんの声が木の上のほうから
聞こえるように思えたのでした。

太郎は「むささび太郎」と言われるようになり、
何年もが過ぎていきました。

杉が、どこまでも美しく並ぶ山で生きてきた人たちの
くらしの歴史や、「働き歌」の響きが
作者・今西さんの心の中で醸成されてできた
悲しくも美しいおはなしです。

簡便に、速く、薄く、ということが
最善であるかのような今の世の中が、
ほんとうに人間にとって幸せなのだろうか?
と、ふと立ち止まって考えさせられます。

にほんブログ村 本ブログへ
にほんブログ村