大森Luz

 「大森Luz」という建物が駅東口にできて、その入り口付近に、
大森information というようなコーナーがある。観光案内、というような目的の場所に見受けられ、人が一人常駐らしい。でも、はいりにくいし利用している人をあまり見かけたことがない。そこで、ドアを開けてみた。パソコンの前に座っていた常駐の人が「何かご用?」という、にこやかでもなく、かといって怪訝そうでもない顔で立ち上がってこっちの顔を見ている。やっぱり、座っている本人も目的が曖昧な証拠!という感じ。

 観光協会作成の大森案内パンフレットなどが陳列されているのを見つつ話をする。大森は素質がいいのに住んでる人が街への愛着を発信することが少ないように思う、ってことや、毎日の買い物をする商店街にもっと魅力をもたせておもしろくしたいな、ってことをしゃべる。

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 大森といっても範囲が広くてあちこちに商店街があるので一概には言えないし新参者がどうこういうのは大きなお世話だけど、きょうはあの街にいってみよう、なにか発見があるかもしれないから、っていう期待を持たせる力は持ってるところが少ない気がしています。

大森あじさいの小径

大森北あたりの路地。
こんな路地を通ってはいる家、ええな〜。
もうちょっと近くから撮りたかったけど、なんだかだれか出てきそうで遠慮してしまいました。今、あじさいが彩りを添えています。

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ネコトイレの砂がはいってた箱。

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さっそく利用しているシラタマちゃんでした。活用しないともったいないしね。おからの砂を使っていましたが、ちょっと気分を変えてヒノキのかおりがするという紙の砂を購入してみました。夏に向けて効果あることを期待。気分転換も日常には大切

梅雨こそ我が日本らしい季節

梅雨どきはいちばん日本の気候が日本らしいときだと、秋草さんは思っています。
古いだれか・・金子光晴? の文章で外国へ行ったとき日本を恋しくおもい、思い浮かべたのが梅雨どきの座敷の様子だったとあったのを思い出します。
それをメモした紙が見つかりませんが、たしか、乱れ箱にはいった紐類や女の櫛や簪や蒔絵の箱が座敷に置かれてある光景が描かれていました。日本間のほの暗い明かりの中にあるそれらの品物が、外の雨で湿り気をおびた畳の上に繰り広げられている。

香の匂いも湿った空気のときは広がりやすく残りやすいように思われます。
乱れ箱の中の紐類とはちょっと違うけど、シラタマちゃんもひもにじゃれついて梅雨どきを楽しんでいます。パラリちゃんは隠れないで箱の外に出ているから上出来。110615_1743012

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下駄箱の上の絵を取り替える

昨日の朝うるさかったシラタマちゃん(きのうは怒っていて「ちゃん」をつける気がしなかったがきょうはついている)は、怒られたのとは全く関係ないと思うけど今朝はおとなしくしていた。

現在シラタマちゃんはふとんの上で手足をながながと伸ばして寝ていて、パラリちゃんはプラスチックケースの後ろにひそんでくつろいでいます。

大森は今朝は梅雨らしい曇り空。

秋草さんの家の玄関先のギボウシたちの緑が美しゅうございます。ギボウシはだいじょぶだけど、他のものに虫がつかないように気をつけなければならない季節。マラソンのうすめ液を用意しています。下駄箱上の飾りを雨の季節らしくしました。小村雪岱の挿絵。

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後ろの合板の表面がはがれてるのが恥ずかしいけど。

秋草さんはこれまで、掃除や片づけやこういう絵を取り替えたりすることは、生活の中で傍流のことだと思ってきました。そういうことを速く片づけてさっさと仕事にはいらないといけない、と、しきりに自分を追い立てて来たような気がしています。

けれども、生活していく中で、そういう部分そのものを楽しく考えをこらしながらするのは決してむだなことではないと、このごろやっと気づいてきたようです。

なんだったんだろう。なにをあせってきたんだろう。いつか来る漠然とした完璧な幸せのために今を殺してせかせかと過ごすのは、おかしいような気がしてきました。人生が後半になった証し?

よきものを身近に置いたり使ったりいたしましょう。これは、それを実行している数少ない例で、20年くらい前に買った漆の汁椀です。

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新しいときとどう変わったのかはさだかではないですが、味噌汁を初め、汁物を食べるときには必ず食卓にのぼってきたもの。たしか自由が丘にあったギャラリー風の焼き物屋さんで手に入れました。

その当時は秋草さんも若く、今より物を買うのに気が大きかったのでしょう。

ゆっくりでも少しずつ進もう。 幸せは自分の心の中にある。