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心にうつりゆくこと

おじいさんに歴史あり

近くのお店でこれまで5、6回会ったことのあるおじいさんがいます。
焼酎を1杯飲んで間もなく帰って行っちゃうし、いつもにこにこ挨拶とそのほか二言三言交わす程度でした。
おじいさんはそのお店の昔馴染み、わたしは新顔ですし。
でも、先週あたり、首のあたりが痛いんだよ、と元気のない顔で言って、焼酎も飲まずに帰って行きました。
なぜか、テリヤキチキンサンドを「食べな」と言ってわたしにくれて。
そうそう、その翌日、お互い自転車に乗って通りがかりに、こっちが
「おいしかった、ごちそうさま〜。でも高かったんでしょ!」
と言うと
「にーにーだよ」
とにっこり言っていました。
そしたら昨日、たまたまわたしがお店にいると、おじいさんが近所のおばさんと二人でふらっと来ました。
おばさんが
「ずっと元気でいてくれないと困るんだから」
とかおじいさんに言っているのが聞こえたので、思わず二人のテーブルに近づいて話に耳を傾けました。

おじいさんは昭和2年生まれで、小さいころにお母さんが亡くなったそうです。
家は雪が谷大塚でした。
当時お母さんの妹が三河島にいて、だれかが幼いおじいさんをその妹さんに会いに連れて行ってくれました。
子どもだったおじいさんはお母さんそっくりな妹さんを見て
「お母さん!」
と言って抱きついて行ったんだそうです。

切れ切れな話でしたが、このおじいさんの子どもだったころの姿を思い浮かべて、かわいそうでなりませんでした。
一緒にいたおばさんもわたしも泣いちゃってたいへんでした。
おじいさんもつられて涙を浮かべていたようでした。
聞くとおじいさんは痛風なんだそうで、近所の人たちも知っていて気遣っているようです。
店の主人も、あれは大根おろし?痛風にいいらしいから、っておじいさん用に作って出していました。
大田区の千鳥町で朝5時半からもくもくと道を掃いているおじいさんだそうです。ぜったい元気でいてもらわないと困る!と、大勢の人が思っているおじいさんです。
このおじいさんの歴史、もっと聞きたくなりました。

井上ひさしさんの文章で、
「今までは、自分で書ける人が残していく、あるいは功成り名遂げた、いわゆる偉い人のそばにいた人が書いていく。眺め返せば、そういう人たちが書いた『歴史』で歴史的事実が作られてきたのですね。
 ところが、その同じ時代には他にも大勢の人たちが生きていて、(中略)文字にする機会がないまま普通の人が亡くなっていくのは歴史にぼこぼこと空白ができていくことと同じです。」(『日本聞き書き学会会報』vol1)
というのがあります。

普通の人が何を考えてどう暮らしていたかは、歴史の大事な部分を占めているんだ、というとらえ方に私は賛成です。
映画なんかで昔の街の様子や言葉つきが伝わることがあって驚くことがままあります。
それと同じ方向性で、もっとたくさんの人の生きた跡を残していきたいと、このごろとみに思っています。

大森あたりにはなんだか苦労人がいっぱい生きているし。

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