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文楽 杉本文楽 曽根崎心中

神奈川芸術劇場で行われた

杉本文楽『曽根崎心中』

に行きました。

「見に行った」と書こうとしましたが、かなりの割合で「聴きに行った」とも言えるので、ただの「行きました」にしました。
国立小劇場で見るのと、舞台の作りが違うので随分異なっていました。

天井桟敷とも言うべき席で見たので余計に。
作曲・演出 鶴澤清治とのことでした。誰も見たことのない曽根崎心中のオリジナル。

2008年に黒部で初版完全本が発見された、というのは、驚きです。
まだそんな「発見」なんてことがあるのかと。

文楽の人たちは、いつも感心しますが、この公演でも熱演でした。

この高等な技術を毎日の血の出るような稽古で身につけたんだろうな、ということがこちらに伝わってきます。

豊竹嶋大夫の天満屋の段は、清治さんという弾き手の横で、もはやさらさら流れる小川のような、自然な語りとなっていたような気がしました。

「嶋大夫だ。そう思って心して味わっていこう」

と始まる前に思っていたにもかかわらず、

話のなりゆきに引き込まれて

はらはらしたり笑ったりしているうちに、

嶋大夫清治の二人が引っ込んでいっちゃった〜・・

という感じでした。
たった3日間の公演でした。
9月には通常の国立劇場での公演も控えている中、出演者の人たちはさぞ稽古もたいへんだったと思います。
9月もまた熱演を楽しみに劇場へ行くつもりです。

NHK骨董番組を見ました

NHKで、尾久彰三氏と樹木希林が鶴岡に伊万里を見に行く番組を見ました。番組名忘れました[E:catface]30分番組。
「オギュウ」氏と聞いたとき、知らない人だと思ったら、元日本民藝館の学芸員とのこと。
それならたしか、自分が集めた骨董の写真を載せた著書があって私も見た覚えがありました。
そこで、ごそごそと本棚を探すと、別冊太陽『柳宗悦の世界』の監修にも、そのお名前が見えました。こちらは主任学芸員時代のお仕事らしいです。
番組では、古民藝を集めすぎているこまった人、のようにしてちょっとおどけた役回りを演じていましたけれど。

なにしろ、建坪20坪ほどの建て売り住宅に所狭しと並べられた古い物、という実態が画面に映し出されたところは、われわれ庶民に希望の光をもたらしました。[E:shine]
つまり、古民藝愛好者には稀な、うちとおんなじくらいの家だ!という光です。

ところで、鶴岡という土地には伊万里が多いというのは骨董愛好者には常識になっているそうです。街歩きをしたら楽しいことでしょう。
土地の人が使っていた古いものを、街の骨董屋さんに売りにきた品物って、生活の匂いが伝わってくるようです。
どんな職人さんが焼いて、
どんな商売の家で使われたのか、
どんな食べ物が盛られ、
もしかしたら「くらわんか皿」として河原に捨てられてしばらく雨風にさらされていたこともあるのか、
または、街の家の台所で戸棚から出しては使われ、川の水で洗ってはしまわれて、何十年もの間を過ぎてきたのか・・
そう考えると小さな皿一枚から、想像はふくらんでいきます。
骨董の魅力は、私にとってはそんな部分にもあります。

番組の中で「Milk」という、一見ふつうの、道路沿いの喫茶店が紹介されました。
その店のマスターが伊万里収集家で、店の奥にギャラリーを併設して売ってもいるとのこと。落ち着いた感じのそのスペースは、ちょっと外からのイメージと違うものでした。
その様子を見て、以前、古本屋さんが本を買い取りに個人の家に行く話を読んだのを思い出しました。
外から見て随分立派な「豪邸」であるにもかかわらず、蔵書がノウハウ本や百科事典や雑誌ばかり、という家がある。
一方、小さな、崩れそうなあばら屋で、「これは・・」という古書の数々や読む人の人柄が偲ばれる立派な蔵書が並んでいる場合がある、という内容でした。
もちろん、外見と中身が一致していることだってたくさんあるんでしょうが、ゆかしい話で、あばら屋派としては、せめて蔵書は!なんて思って励みになるお話ではありました。[E:confident]

古民藝を使って味わう。そうして、良き物のエッセンスを心身に吸いこんで暮らしたいと思いましたし、骨董屋さんや美術館に行きたくなりました。