転んだらけがをするかもしれないけど

『転んでも、大丈夫 ぼくが義足を作る理由』

「体に障がいをかかえても、残された機能を精一杯使って
生きている人たちがいる」
ここでは、足の一部を失って義足を使う人たちのこと。

義足を作る人・臼井さんは、義足はかくすもの、と考えず
体の一部として見せるものへと変えようとしています。
はじめの8ページ分に、カラー写真が載っていて
義足を作る作業中の臼井さんの姿と
義足でスポーツをしたりファッションショーをしたりする人たちの姿が
紹介されています。

たとえば、交通事故で右足をひざ下から切断した18才の青年
鈴木くん。
ハンドボール選手だったけど、体がぶつかり合うプレーが多いため
陸上の走り高跳びへ転向。
どんなにつらくてもへこたれない彼の姿に、
トップアスリートは、競技の才能だけでなく
努力する才能も持っていると、感じるという。

そして強くなる人は、ものごとを自分で考える。
わからないことがあるときは、自分から
具体的に質問や相談をしてくるそうです。
きっとそれは、義足のことに限らず
生きる姿勢そのものなんですね。

臼井さん自身、学校を卒業後、自分の進路を決めかねて
仕事をいくつか変えたりした時期があったそうです。
そんな経験もあるから、義足をつける相手の人の気持ちも
くみとることができるのかもしれません。

足が不自由な人は、
転んだらけがをするかもしれないから
家に引きこもってしまうことが多い。

「転んでも、大丈夫」 という題名は、
転んでも、一人で起き上がれるように練習しよう、
一人で起き上がれる、と思えるようになると
走り出す勇気がわいてくる
という意味。

臼井さんが義足を作る理由は、
患者さんの未来をちょっとでも明るくできたら、
という希望からだそうです。
決して大げさでなく、悲しみを背負った人が
それを乗り越える手伝いになったらうれしいという気持ちから。

体が不自由、という意味では、
それが外に見える見えないという差こそあれ、
不自由な人はたくさんいる。
わたしもその一人。
見えない不自由さを持っている人はそれゆえに辛い、というのも事実。
体の不自由さ、心の不自由さを抱えながら生きるわたしたちが
よりおおらかに生きられる世の中になると、いいと思う。
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