カテゴリー別アーカイブ: 心にうつりゆくこと

ラジオへの傾倒

 秋草さんはこのごろ、ラジオっていいものだ、と感じ始めています。
ラジオは音声だけで構成されています。
 

 例えば、テレビだと、
「こんな気の毒な人がいますよ」
という内容のときには、たいてい、その気の毒な人自身が画面に現れて
顔が写って、何かしゃべったり泣いていたり、周りの人やスタジオの芸能人までも出てきて、それについてまた何か言ったりします。
 そういう伝え方に、なにかちょっと食傷ぎみになってきました。
 

 ラジオはそういう話題の場合、その気の毒な人自身は直接には登場せず、アナウンサーが状況を説明するというやり方が普通です。だから、聞いている人は、生々しさや、テレビ番組制作者の意図の押しつけから開放されて、自分で想像することができます。
 

 秋草さんにとっては、そのほうが、そういう情報を受け取りやすいのです。何か手を動かしながら聞くのがちょうどいい感じです。
 

 ラジオからはなにげなく、知っている歌、知らないけど気持ちにしみる歌が、たまに流れてきます。自分で改めてCDをかける、というほどでなく、聞こえてくる短い音楽が日々の時間時間を彩ってくれます。
 

 家を空けてばかりいるときには望めないことで、ラジオの良さに気づく生活に変えてよかったと思います。
 

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達成感と疲労

達成感が少ないと疲労は多い
という法則を確信したのが、わたしの昨日の生活でした。
パソコンの操作技術が拙いことと、目標がはっきりしていなかったのがおもな原因と自分では分析している次第です。
パソコンの前に座ってクリックをいっぱいしてるのに、内容がない。
しかし、だめだと思ってからが大事だ(カラ元気)。
ということで、きょうは、バイトにも出るけど、
「負けんぞ」
というつもりで、パソコン再挑戦の記念日とします。

うちのタマもシッポで応援してるにちがいないから!!

 

パラリちゃんは、きのう、押入れの奥深くに潜んで怠け心にカツを入れてくれた〜

いちじは、家の外に行ったとしか思えない・・と、懐中電灯を持って家の周りを捜索し始めたんだから〜

化け猫とのはち合わせ(未遂)

  うちのお風呂場の外にはすぐ、隣地との塀がある。

その塀はどうも近所の猫の通り道になっている。

 

今まで見た猫は2種類いて、三毛とクロキジトラ。どっちもかなりの貫禄を持っている。

 

 昨夜、うちのシラタマちゃんが夕食後の運動中、お風呂場にはいって窓際へ飛び乗ってしまい、危うくそのどちらかの猫と鉢合わせしそうになった。

 その時は、お風呂にはいろうとして窓を閉めたところだったので、直接に二匹が顔を合わせるはめには陥らなかった。

 

 でも、シラタマちゃんが外の猫の影に気づいて大声で鳴いていたので、外の猫も

「なんだ? 怪しいヤツ!」

というように顔を窓に近寄せてきていた。

その光景は人間でもけっこう怖かった・・

 

 シルエットが街灯に照らされて拡大してるからよけいに化け猫のようになっていて!

なかなか見られない光景を見た一夜でした・・・

猫の食後の運動には気をつけましょ!

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無駄も悪くない

 夏の贈り物をネット上から注文して相手の住所を出そうとすると、なぜか出ない。前にもこの店から送ったので住所はどこかに登録されているはずなのに。操作方法がちょっと違ったためにネット上で行きつ戻りつ・・

 そこで仕方なく、今年の年賀状を引っ張り出すことに。そしてその中に、

「ああ、この人にちょっと連絡してみたいな〜」

という昔の友人がいたのだ。

 年賀状だけの付き合いになって10年近くなるか。正月にこれを見たときにはとくに何も思わず他の賀状とともにしまい込んでいた。いま出してきて眺めると、なんだか話してみたい気持ちがわいてくる。

 きょうメールしてみよう。彼の会社はたしか他の大会社に吸収合併されたと聞いている。どんな様子かな。
 パソコン操作が悪くて住所が出てこないことから、こんな思いがけないきっかけが転がり出てきた。

動物園の変貌

『失われた志』という城山三郎対談集を読み始めた。
昭和2年生まれどうし、藤沢周平との対談から始まる。その中で、話の核心とは違うところで妙に心をひかれた話題があった。

動物園の狼。

昔、藤沢氏が狼の檻の前にさしかかると十頭あまりの狼がいっせいに吠えだしたのを聞いて感動した話。
狼の持つ「孤独と禍々しさ」に惹かれるものがあったんでしょうね、という分析。
さらに、「しばらくしてもう一度吠え声を聞きたくて動物園へ行ったんですが、もうどこを探しても狼はいませんでした」

日本の動物園からはもう、動物の持つそういう底知れぬ神秘の部分は消え、
かわいいもの、愛らしいものが「飾られている」場所になってしまったのかもしれない。